ポピンズ国際乳幼児教育研究所(PIICS)は、保育の質の向上を目指して、2010年より米国ハーバード大学教育大学院の研究グループ「プロジェクト・ゼロ」から指導を受け、2015年より共同研究を行っております。日本とアメリカを月一回オンラインでつなぎ、双方の保育従事者が研究を重ね、その成果を年に一度のシンポジウムにて発表しています。このたび、第16回目となる「ポピンズ国際乳幼児教育学シンポジウム」を、2025年7月5日(土)に開催しましたので、以下に報告いたします。
本研究の主要なテーマは、国際社会で生き抜くための能力、すなわち「グローバルコンピタンス」です。現代のグローバル社会を生きる子どもたちへの教育を長年研究されている「プロジェクト・ゼロ」主任研究員のヴェロニカ・マンシーヤ博士と当研究所は、10年にわたり共に研究を行ってまいりました。とりわけ2021年からの4年間は「SDGs for Children」をテーマに掲げ、2024年度はその集大成として、ヴェロニカ博士より「地球の未来を託すSDGs教育の核心」と題した基調講演をしていただきました。
また、2010年から2024年までは研究対象を乳幼児(0~5歳)としておりましたが、2025年からは学童期(小学校低学年)まで拡大いたしました。保育園・幼稚園から小学校生活への移行期にあたる「接続期」の子どもたちが、いかにして「グローバルコンピタンス」を育んでいくかについて、初の本格的な考察を行いました。

2025年テーマ「幼児期から学童期のグローバルコンピタンス」
第一部:基調講演/研究報告
基調講演「愛から行動へ~子どもたちの変容を促す学びのデザインが、グローバルコンピタンスを育む」
ハーバード大学教育大学院 プロジェクト・ゼロ主任研究員 ヴェロニカ・マンシーヤ博士
ヴェロニカ博士は、グローバルコンピタンスの概念とその構成要素【理解・愛・よろこび・行動】について、子どもたちのアート鑑賞の事例等を交えながら深く掘り下げて解説されました。学びにおいて重要なことは、「理解」から生まれた「愛」を力に変え、「よろこび」を感じながら「行動」へとつなげていくプロセスであると述べられました。また、「プロジェクト・ゼロ」が提唱する「シンキングルーティン(思考の習慣)」という手法を用い、幼少期からの異文化理解や多角的な視点の育成の重要性を強調されました。

研究報告1(アメリカ側)「アトリエからの物語 ― 芸術とグローバル・コンピタンスを子どもたちの「手」「頭」「心」を通じてつなぐ」
ワシントンD.C.公立小学校スクール・ウィズイン・スクール アトリエスタ マーラ・マクレーン先生
マーラ先生は、学校内のアトリエと図書館が連携した共同プロジェクトについて発表されました。本事例では、アーティスト(芸術家)とアクティビスト(活動家)を掛け合わせた「アーティビスト」であるエリザベス・キャトレットとニコラス・スミスを取り上げ、ヴェロニカ博士から学んだシンキングルーティンを実践しました。子どもたちは、近隣の国立美術館でキャトレットの絵画や、ニコラスの著書『The Artvist』を鑑賞し、「いじめのない平和な世界」などそれぞれの理想の世界を思い描きました。その後、図書館で積極的に資料を収集する一方で、アトリエではキャトレットの作風から着想を得て、実際に版画で作品作りを行いました。完成した版画の横に、図書館で集めた資料を参考に「理想の世界」の絵を描きました。単にアート作品を作るだけではなく、多角的に考え、感じ、表現するプロセスを通じて、子どもたちのグローバルコンピタンスが育まれていく様子が報告されました。

研究報告2(日本側)「アートを通して対話を楽しむ」
ポピンズエデュケア 学童・児童館 統括マネージャー 岡田一紀
名古屋大学 学童保育所 ポピンズアフタースクール 施設長 加藤恵子
ポピンズでは学童期において、「自ら課題・問題を見つけ、仲間と協働して、解決策を見出せるような子ども」「他者の立場になって考え、行動できる子ども」を育むことを目指しています。発表では、名古屋大学学童保育所ポピンズアフタースクールにて実施した、新一年生でも取り組みやすいシンキングルーティン「見る、考える、不思議に思う(See, Think, Wonder)」を用いた活動を紹介しました。
まず、核のない海を目指す運動のポスターである、ベルギーのアーティスト、ジャン=ミッシェル・フォロンの作品『DEEP DEEP TROUBLE』を鑑賞し、「何が見えるか」を問いかけました。子どもたちの観察力、表現力は想像以上で、対話を通じて多くの学びが生まれました。続いて、「自分の考える平和とは?」をテーマに、魚の形をしたメモに考えを書き出し掲示物にしました。この掲示物に多くの保護者が立ち止まりました。
さらに「なぜそう言えるの?」というシンキングルーティンを取り入れました。「笑顔になるときは?」「戦争が起きないようにするには?」など6つのテーマに分類し、イメージを膨らませやすくする工夫も行いました。後日、花の中央にはテーマを、花弁には子どもたちの言葉を入れた掲示物を作成しました。現在では、この「平和の花」の周りに、保護者からのコメントが書かれた「蝶」が舞い、それに対して子どもが返事を書くという、相互コミュニケーションが生まれる場へと発展しています。
この対話が生まれる活動を通じ、子どもたちは多様な考え方に触れて共感したり、自分では気づかなかった視点を発見したりすることで、物事への興味をさらに深めることができました。

第二部:パネルディスカッション「グローバルな視点を育む対話の習慣」
㈱ポピンズ代表取締役社長グループCEO 轟麻衣子
ヴェロニカ・マンシーヤ博士
白梅学園大学学長・ 東京大学名誉教授 小玉重夫先生
お茶の水女子大学 アカデミック プロダクション特任教授 宮里暁美先生
第二部ではパネルディスカッションでは、まず宮里先生が、異文化理解を深めていく実践例として、「食」を通じたプロジェクトを紹介されました。十六雑穀米を食べたり、味噌を作ったりする体験から「食べる」、「生命」そして「世界の食文化」へと視点を広げ、子どもたちが自ら問いを立てて探求することで、自分自身を取り巻く環境や未来について考え、理解していく重要性について述べられました。
続いて小玉先生は、いわゆる「小一の壁」の課題について言及されました。これらの根底にあるのは個人の不適応ではなく、教育が年齢によって分断されている構造が問題であると指摘。「接続期」の課題について、保幼小の間の壁を取り払う教育システムの構造転換・イノベーションの必要性を訴えられました。
最後に、キーワードセッションが行われ、各先生方に「子どもたちがグローバルな視点を獲得したり他者の視点に立てるように大切にしていること」についてキーワードでお答えいただきました。
宮里先生 「扉をひらく」
扉とは、招き入れることもあれば、外に出ていくこともあります。大学生が保育に参加するプロジェクトを実例に挙げ、子どもに何かを教えるためではなく、子どもと同じ時間を共に過ごすため「そこにいる」ことの重要性を述べました。
小玉先生 「探求・自由・平和」
「探求」は、正解主義に陥らず、二項対立に立たないこと。これを橋渡しするのが人間の「自由」であり、その先の「平和」につながっていくことを述べました。
ヴェロニカ博士 「Courage(勇気)」
世界は子どもたちを必要としています。心を育み、考え方を変え、学び続けることは重要ですが、変化には「勇気」が必要であると締めくくられました。
子どもたちの探求心を育むこと、また年齢などによる分断をこえていくことが、これからの子どもたちの自立心と国際的な視野を広げる上での鍵であることが共有されました。

ポピンズ国際乳幼児教育研究所は、今後も国内外の大学や研究機関との連携を強化し、次世代を担う子どもたちの健やかな成長と、未来の社会を豊かにする保育・教育の質の向上に一層貢献してまいります。